2021/12/30 16:56
裏面にはタイトルが記されています。
The Flight Into Egypt (エジプトへの逃避)。
古来より多くの画家たちが描いてきた聖書の物語です。
ヘロデ王の追っ手から逃れるため、ヨセフは妻のマリアと生まれたばかりの幼子イエスをロバに乗せてエジプトへ旅立ちます。描かれているのは月に照らされて歩む家族の姿。ナツメヤシの木の向こうにはピラミッドらしき影も見えます。
でもこの絵、宗教画にしてはちょっと変ですよ。
ちりばめられた不思議なモチーフ
ヨセフが背負っているのはどう見ても現代のバックパック。ロバの向こう側にはなぜかサボテンの鉢が並んでいます。
絵皿を制作したのはスウェーデンのスティグ・リンドベリ(Stig Lindberg/1916〜1982)。20世紀の北欧デザインを牽引したデザイナーです。
リンドベリは66歳で亡くなる少し前に二枚のカラフルなクリスマスプレートを遺しました。
一枚は以前ブログでもご紹介した『マリア』(1982年)。
花咲く庭で幼子を抱く聖母マリアの絵皿には、いくつかの暗号が隠されていました。詳しくはこちらをご覧ください。
もう一枚が『マリア』の前年に発売された『エジプトへの逃避』。この皿にもサボテンをはじめ謎のモチーフがいくつか描かれています。
楽園のように生い茂る花々と果樹。二千年前の中東は今ほど砂漠化が進んでいなかったでしょうが、背景を花で埋め尽くしたのは何か他の理由があるのかもしれません。夫婦は笑みをたたえ、逃避行の緊迫感はありません。
ある家族の肖像
そもそもなぜヨセフは現代風のバックパックを背負っているのでしょう。しばらく睨んでいたらあることに気づきました。ヨセフの髪型、あの人に似ている。
この人です。
後ろがくるくるカールしているところ、そっくりでしょう。作者のスティグ・リンドベリです。
ヨセフがリンドベリ自身を投影した姿なのだとしたら、ロバの背に腰かけたマリアはリンドベリの奥さんのグンネルさん?
あっ。
なるほどそういうことか。
彼女はまぎれもなくグンネルさんです。
足元を見てください。
はだしです。サンダルをはいていないマリアは地面に降りられません。サボテンの棘が地面に落ちていたら傷ついてしまいますからね。
リンドベリと家族ぐるみで親しかったリサ・ラーソンは、かつて雑誌のインタビューで彼の日常がどんなだったかを語っています。
グンネルさんは結婚してすぐにポリオを患い、残りの生涯を車椅子で暮らしたそうです。1万点以上の作品を世に送り出したリンドベリは猛烈な仕事人間として知られますが、家庭を顧みない男ではありませんでした。毎日仕事の合間をぬって家事を分担し、三人の子供たちを共に育てあげたパパだったのです。
リサ・ラーソンはこうも言っています。
風を切って車椅子で駆け抜けるスティグとグンネル。陽気で仲良しの夫婦だったのですね。
花々に込めた彼の思い
絵皿を通してリンドベリは夫婦で歩んだ道を振り返り、家族への思いを密かに記したのではないでしょうか。
そう考えるとヨセフの立ち位置にも納得がいくのです。
なぜなら他の宗教画は‥‥
ヨセフがロバを牽いて前を歩いたり‥‥
ロバのこちら側に大きく描かれていますが、リンドベリのヨセフは‥‥
ロバの向こう側に立ち、後ろから見守るように歩いています。自身がモデルなので控えめに描いたのでしょうか。
それだけではないと思います。
位置関係を見てください。ヨセフはロバとサボテンの間に割って入るように歩いています。彼は奥さんをサボテンから遠ざけ、身を呈して守ろうとしたのかもしれません。
微笑むマリアとヨセフの周りには色とりどりの花が咲き誇り、サボテンにさえもかわいいピンクの花が咲いています。花々はリンドベリ夫妻が日だまりを歩いた証し。改めて絵皿を眺めると何だかあたたかいものがこみ上げてきます。
そうそう、もう一つ忘れていました。
ロバです。
リンドベリ大全というスウェーデン語の本にはこんな一文があります。
軽やかな足どりのロバくんは、リンドベリ兄弟考案の車椅子を象徴していたのかもしれませんね。
・ ・ ・
クリスマスプレートは本来その季節だけに使われるものですが、この絵皿はいわばある家族の愛を記したアート。自由にお部屋に飾っていただいて良いと思います。リンドベリがお好きな人は彼のポートレートのようなこの絵皿をコレクションに加えてみてはいかがでしょうか。
2021年もコグマスをご愛顧いただきありがとうございました。
2022年も素敵なヴィンテージ品をご紹介してまいります。どうぞご期待ください。