2023/08/09 12:00

見れば見るほど不思議で楽しい3枚の絵皿。
ヨーロッパでマイセンに次いで2番目に古い陶磁器ブランド、ロールストランド(Rörstrand)社が1976年に創業250周年を記念して製作した限定生産の飾り絵皿です。
ヨーロッパでマイセンに次いで2番目に古い陶磁器ブランド、ロールストランド(Rörstrand)社が1976年に創業250周年を記念して製作した限定生産の飾り絵皿です。
スウェーデン王室御用達窯として1726年に創業したロールストランドは、その輝かしい歴史を3枚の絵皿で表現し、それぞれに『18世紀』『19世紀』『20世紀』と名付けました。
何が描かれているのでしょう。
一つ一つ読み解いてみます。

絵皿『18世紀』に
描かれた男性の職業は?
絵皿『18世紀』の化粧箱に同梱されていたパンフレットにはこんな説明が添えられていました。
「18世紀の陶磁器はかなりの高級品。使っていたのはごく一部の富裕層でした。テーブルセッティングはこの時代にはまだなく、単品の皿や風変わりな水差しなどが作られていました。庶民は素朴な木の皿で毎日食事をしていたのです」
中央に描かれている貴婦人は、18世紀のロールストランド愛用者でしょうか。左の召使いが大皿に載せた料理を運んでいます。右の男性はおそらくロールストランドのセールスマン。「奥様、こちらの絵皿などいかがです」と売り込んでいる場面かもしれません。おや、よく見るとこの男性の顔‥‥

‥‥陶磁器っぽいですね。チューリン(スープを取り分ける鍋)に見えます。他の2人も花瓶や壺のような、つるんとした曲線で描かれています。
作画を担当したのは
スウェーデンの挿絵画家
ディズニー映画に出てきそうな愉快な陶器人間たちの絵を描いたのはイラストレーターのNiels-Christian Hald(ニルス=クリスチャン・ハルド/1933〜)。筆名フィッベン(Fibben Hald)でも知られ、新聞漫画や絵本の挿絵で活躍しました。数々の受賞歴を持ち、彼が挿絵を手がけた『アコーディオンひきのオーラ』は日本でも出版されています。
ロールストランドといえばノーベル賞授賞式の晩餐会でも使われる高級ブランド。名窯にふさわしい美しい絵を描けるデザイナーならいくらでもいたでしょうに、あえてフィッベンに依頼したのはなぜか。
フィッベンの父親Edward Hald(エドヴァルド・ハルド/1883〜1980)はかつてロールストランドでも活躍したガラス工芸作家でしたから、その縁で息子に白羽の矢が立ったのかもしれません。
しかし彼は単なる縁故採用ではありませんでした。
スウェーデンのウィキペディアはフィッベンを「ユーモアと遊び心に満ちた絵本画家」「シンプルな絵で深く印象づける人」「子供もおとなもなく全ての人々のための絵を描く人」と説明しています。
記念絵皿にありがちな堅苦しい絵ではつまらない。フィッベンなら何か面白いものを作ってくれるんじゃないか。案の定、彼は名窯の歴史をユーモアたっぷりに伸び伸びと表現しました。スープ鍋の顔のセールスマンを見てロールストランド社の人々は大喜びしたに違いありません。
続く『19世紀』も楽しい1枚です。

19世紀のトレンドを
ちりばめた部屋
絵皿『19世紀』には新しもの好きのマダムが描かれています。パンフレットにはこう書かれていました。
「19世紀になると、手の込んだ磁器のテーブルセッティングが登場します。テーブルセッティング一式に皿36枚とスープ皿12枚はざらでした。陶器よりも磁器が好まれ、より高い品質のものが求められたのです」
左端の食器棚にはティーポットやカップがぎっしり。右の壁には飾り絵皿が3枚掛かっています。これらロールストランド製品に加えて、この部屋には19世紀の上流階級がこぞって買い求めた3つのアイテムが描かれています。どれだか分かりますか?

1つめは懐中時計。
右のひげの男性は時計のショーケースのようにも見えますね。もしかしたらここは時計店で、彼は店主なのかもしれません。チェーン付きの懐中時計は19世紀後半に登場し、大流行しました。
2つめは観劇用の眼鏡。
マダムが持っている取っ手つきの眼鏡はローネットと呼ばれ、オペラ鑑賞の必需品でした。時計店が眼鏡を取り扱うのは当時普通のことでした。彼女は時計店にローネットを買いに来たのでしょう。
3つめはタイルストーブ。
マダムの背後にそびえる細長いストーブは部屋全体をじんわり暖めてくれる陶製放熱器。19世紀以降、寒い国々で人気が出ました。昔、アニメ『アルプスの少女ハイジ』を観ていた人は覚えているかもしれません。フランクフルトからデルフリ村へ戻ったハイジのためにおじいさんは村の大きな廃屋を改装しますが、大部屋の中央に置かれていた巨大なストーブがまさに白いタイル張りのストーブでした。
ロールストランド社の工場でも、食器に加えてタイルストーブを製造していたといいます。
18世紀も19世紀もロールストランドの陶磁器は一部のお金持ちの愛用品だったのですね。そして20世紀。世界が一変します。

3枚目の絵皿の
主役は名もなき人々
20世紀の絵皿は他の2枚とずいぶん趣が違います。さわやかで躍動的。一般市民が主役になったのです。
「陶磁器が庶民のものになったのは20世紀に入ってからです。フォーマルにも日常にも使える陶磁器が製造されるようになりました。デザインはシンプルになり、華美な装飾が減って機能的になったのです」
湯気の立つキャセロールを食卓へ運ぶ女性。スープ皿を頭に乗せて待つ子供は1970年代に流行したベルボトムのパンツをはいています。静と動の対比が楽しい構図です。
さまざまな食器を板に載せて軽々と運ぶ花瓶頭の男性は誰?
ロールストランドの工場で働く職人さんだと思います。颯爽と歩くその足はまるで現代彫刻のよう。フィッベンは20世紀の絵皿の主役に、ロールストランド社の250年を支えてきた名もない職人たちを据えたかったのかもしれません。

気になるのは右端のスポーツ選手です。
バドミントン? テニス?
いいえ、これはショートテニス。1970年代にスウェーデンで生まれたスポーツです。軽いラケットとスポンジのボールを使い、バドミントンのコートでプレイします。ショートテニスの導入でスウェーデンはテニス人口が増え、その後ビョルン・ボルグやステファン・エドベリ(エドバーグ)などの名選手を輩出しました。
フィッベンは20世紀の絵皿に「1976年時点で最もホットな話題」を盛り込んだのではないでしょうか。これがもし2023年の日本だったら、武将の兜をかぶったメジャーリーグの野球選手が描かれたでしょうね。つまり、絵皿の右端の人物はスウェーデンの『今ここ』を象徴しているわけです。
・ ・ ・ ・ ・
というわけで駆け足で絵解きをしてみました。
もしかしたら他にもいろいろな暗号が隠されているかもしれません。ヴィンテージがお好きな皆さん、ぜひ推理を楽しんでみてください。
一見謎だらけの絵皿にロールストランドはたくさんの思いを込めていたのですね。さりげない優しさに満ちたフィッベンの絵は、眺めているだけで和みます。お部屋の空気を明るくしてくれそうです。